【2017年5月号特集】
「家族信託」相続対策・財産管理の新たな手法(前編)


一般社団法人家族信託普及協会会員
家族信託専門士
つなぐ司法書士法人
代表社員 司法書士 西本晋也

財産管理機能としての家族信託

平成19年に信託法が改正され、最近になってテレビや新聞等で取り上げられることが多くなったのが『家族信託』です。実際、相続や資産管理のプロよりも一般の方々の間でこの家族信託(民事信託)の認知が広まっていると言っても過言でないかもしれません。皆様はご存知でしたでしょうか?少子高齢化、認知症患者数の増大など、現在のわが国が抱える社会問題を反映しての現象だと思います。
我が国では平均寿命は年々延びている一方、平均寿命と健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)との差が、徐々に広がっています。つまり、「亡くなってはいないが健康とは言えない」期間が平均して10年(男性9年、女性12年)あると言われています。その期間中、本人が認知症をはじめ、大病や事故などで意思能力、判断能力が低下したり、喪失してしまうと、もはや自分の財産を自分では管理できません。
そうした状態になられた方の財産管理については、これまで、成年後見制度が最も利用されてきました。成年後見制度とは、意思判断能力が十分でない方の法律行為や財産の管理を、家庭裁判所が選任した後見人が本人に代わって行ってくれる制度です。
後見制度を利用すると、家庭裁判所もしくは後見監督人(司法書士や弁護士等専門家)の指導・監督のもとでしっかりと財産管理ができる反面、合理的な理由のある支出しか認められないなど、柔軟な財産の管理が制限されることとなります。例えば施設に入居している認知症の父親に代わって、誰も住んでいない自宅を売却しようとしても、売却の合理的な理由がないと家庭裁判所は許可してくれません。所有する賃貸アパートを修繕するとか、売却して現金化するなどの場合でも同じく勝手にはできません。成年後見制度は、あくまでもご本人の今の資産をそのまま維持することが原則だからです。結果として、資産の柔軟な処分や活動は成年後見制度下では著しく制限されることになります。
また、成年後見制度を利用すると、年1回の財産状況や収支について財産目録等を作成して報告する義務がありますし、後見人や後見監督人に対する報酬が発生します。加えて、後見制度をいったん利用してしまうと、ご本人が亡くなるまで中止することはできません。

後見制度は、意思判断能力を喪失してしまった方の資産を「守る」という意味では優れた制度ですが、どうしても限界があります。そうした背景の下で、家族信託は後見制度の限界を補う制度として注目を集めています。家族信託を利用することにより、判断能力がしっかりしているうちに、財産の管理処分の権限を子どもの代に託し、自分が元気でなくなったとしても、本人の希望に添ったかたちで財産の円滑な管理が継続できたり財産の組み換えなどの有効活用ができるようになります。

遺言機能としての家族信託

家族信託では、「もし自分が亡くなったら、財産を誰のものとするか」という、遺言書と同じく資産の承継先を指定することができます。
しかも遺言書の場合は、「誰かに渡す」ことを指定した時点で役目が終わるのに対して、家族信託の場合は、単に財産を渡すだけではなく、その財産については受託者という管理者を定めることになります。
例えば父親が、資産を妻に譲ろうと思ったときに、遺言書の場合は、財産を相続した妻がその時点で認知症を発症していれば、相続した財産の管理や処分のためには前述の成年後見人制度を利用するしかありません。
ところが、家族信託の場合は、財産の持ち主(受益者)を妻、財産の管理を長男(受託者)と設計しておくことで、判断能力の低下してしまった妻に代わって長男が財産の管理・処分を行える仕組みを残すことができます。

実家を空き家にさせない家族信託

家族信託の一番身近な活用ケースをご紹介します。
近年、郷里の実家に住んでいるのが高齢の両親だけというご家庭が多くあります。子ども達は都市部に出たまま所帯を持ち、今後も実家に帰る予定はありません。その後父親が先立ち、母親が実家の一軒家で一人暮らしをしています。
こうした場合、あるとき母親が施設に入所するなどで自宅を空けなければならなくなったとしても、通常はその時点では対策を講じません。なぜなら施設に入所した後でもときどきは自宅に戻って過ごしたいという希望を母親は持たれるからです。しかし、施設に入所後母親が認知症を発症してしまうなど、意思判断能力が低下してしまうと、もはや自宅の管理・処分は誰も手が付けられない状態(凍結状態)となります。持ち主である母親の意思表示無くして自宅は売ることはできず、他人に貸すこともできません。こうした経緯で自宅が空き家となってしまうケースが多々見られます。

このケースで、家族信託を使うと、次の図のような仕組みになります。

自宅の所有者である母親を委託者、長男を受託者、そして受益者を母親とする家族信託契約を、母親が元気なうちに長男と締結します。そうすることで、母親が施設入所後に意思判断能力が低下してしまっても、長男の判断で実家を売却したり、誰かに貸すなどが可能になります。自宅の売却代金や賃貸収入は信託財産に組み入れられ、あくまで受益者である母親のものです。信託財産である現金は、引き続きその管理を受託者である長男が行い、母親のために有効に使うことができます。最終的に母親が他界し、現金が残ったら、「長男が取得する・長男と長女が半分ずつ取得する」など、信託契約に定めた母親が希望する先に承継させることができます。

家族信託をきっかけに家族会議を

テレビや新聞等で、相続対策の必要性を特集したものを毎日のように目にするのですが、にもかかわらず我が国では、遺言の普及率がとても低く、相続対策に取り組まれているご家庭が非常に少ないのが実情です。今後高齢者の方の4人に1人が認知症になってしまうと推計される時代です。将来の相続時の家族間の紛争を防ぐということも勿論ですが、冒頭にご説明した平均寿命と健康寿命との間の時間(平均して男性9年、女性12年)の期間、どのように財産を管理し、そして相続発生後に次の世代に受け継いでいくかをきちんと家族の皆様で話し合う必要があるのではないかと思います。
私ども専門家は家族信託や遺言に関する相談を日々受けています。特徴として感じることは、こうしたご相談は親世代より子世代からの相談が多いことです。お子様は先々のことを自分の問題として色々心配しているけれど、結構親世代は相続に関する話題を嫌って話合いができないというケースが多いようです。
高齢の方にとっては「ご自身の相続」の話題は「縁起が悪い」と感じる側面もありますし、何よりも、「自分の財布の中身を人に見せる」ことに抵抗感を感じられる方も多いようです。子世代にとっては、相続税を支払うのは自分たちですから、どの位の資産があるのかは知っておきたいという思いは当然です。しかし、子としての最も強い想いは、「親が元気な間にできるだけのことをしてあげたいし、万一親が認知症等になったとしても可能な限りのケアをしてあげたい」ことだと思います。そのためにも親が今どの位の資産を持っていて、それらをどうしたいかを知ることは大切です。
「相続対策(相続税対策)」だけにフォーカスしてしまうと、「縁起が悪い」「私の財産を狙っているのか」といったギスギスした話題になってしまいます。
そうではなくて、「親が元気な間にどうしたいか」「もし入院することになったらどうするか」といった、「家族の今」と「家族のこれから」にフォーカスした話し合いが大切だと思います。「この先こんなことを楽しみたい」、「もし入院することになったら、この預金を使ってほしい、この不動産を売ってくれたら良い」、「自分が認知症になったら施設に入りたい、自宅でケアしてほしい」など、親の想いや希望を、家族で話し合って共有しあい、家族として決めていくことが、相続後の遺産分割の話以上に大切なことだと思うのです。
そうした想いや希望を実現する手段を具体的に提供するのが専門家であり、家族信託はそのために専門家が必ず知っておくべき有効な手段の一つです。
更に、同じような手段の一つである遺言は、資産の承継という場面では有効ですが、子側が親に対して「遺言書を書いてくれ」とはなかなか言いにくいものです。一方、家族信託は「親が生きている間の資産の管理をどうするか」という問題ですから切り出しやすいのも良いところです。親側にとっても自分自身の老後の希望についてのテーマですから、気軽にリビングで話をすることができます。
家族信託という制度が普及することによって、相続対策とか相続税対策、遺産の分割をどうするかといった「肩の荷が重い話」をどうするかというよりも、「まずは家族で話し合おう」という認識が広がっていけば、日本の資産承継のあり方が変わっていくのではないかと思います。

(ラビットプレス+6月号に続く)