【2019年8月号特集】「個」に比重を置く日本のシェア文化

株式会社不動産経済研究所 日刊不動産経済通信記者 平松健一郎

 自己紹介で「シェアハウスに住んでいます」と言うと十中八九、驚かれる。市民権を得たようでいて日本ではまだ珍しいようだ。施設の運営・管理の実態に関心を持ち、ならば住んでしまおうと、2年前に東京・江東区森下の物件に入った。休暇に途上国の安宿を泊まり歩いてきたせいか、年齢や職業、国籍の異なる入居者との共同生活に違和感はなかった。
 シェアハウスは気楽で快適だが、しばらく住むと様々なことが見えてきた。入退去が流動的で、出会いと別れを短期に繰り返す様子はまるで人生の縮図のようだ。別れが多い分、知己を得る機会も多い。入居者は広さ約7屬慮勅爾里曚共有のキッチン、屋上を自由に使えるが、共用部に現れず自室にこもる住み手が多いのも意外だった。対話を好む者と好まざる者が互いの生活様式を尊重しながら同居している。ただ壁の薄い建物に多様な個性がひしめいているため、時に騒音や盗難などのトラブルもある。居住中に管理会社は2度変わった。施設の年利回りは10%強と聞いたが、運営・管理は楽ではなさそうだ。
 入居の敷居が低いこともあり、国内でシェアハウスの人気は高まっている。他者と机を並べて働くシェアオフィスも都市部を中心に増殖している。しかし、日本のシェア施設は欧米などとは少し異なる使われ方をしているようだ。大手シェアオフィス事業者への取材で「米国のように、志を同じくする利用者が出会い、新規事業が動き出すというような場面を見たことは一度もない」という話を聞いた。創業支援に特化した施設を除けば、日本のシェアオフィスは必ずしも事業が生まれる場としては機能していない。シェアハウスで個室にこもる若者を多く目にした経験からも、日本のシェアスペース文化はどちらかと言えば「個」に比重を置きつつ発展を遂げていると言えるのではないか。個室で趣味や仕事に没頭し、人恋しくなったら交流の場に出ていく。過度な対話を好まず、他者と緩やかに空間を共有して経済的なメリットを享受しつつ、個人と集団の間を行き来して精神衛生を良好に保つ。日本でシェアスペースの開発・運営に携わる際は、そうした1つの傾向があることを知っておいて損はなさそうだ。
 実はつい先日、シェアハウスを出て一般的な2DKのマンションに転居した。隣室から、酔って祖国に電話する中国語の大声や、声優の卵が練習で発する奇声が聞こえず、共有キッチンからミャンマー料理の発酵ソース「ガピ」の匂いが漂ってもこない平穏な生活に、いささか戸惑いを覚えている。